第4回  論理はロンリー

記憶

 講演などで多くの人の前で話をするとき,何年も前から原稿を作らないようにしている。使うとしてもレジュメか,最近ならパワーポイントだけだ。原稿を読んでしまうと,それに頼ってしまい,どうしても早口になってしまう。また,聴衆の顔を見ないようになり,独りよがりなものになってしまう。講演はコミュニケーションだと思っている。聴衆からは私に何も話かけていなくても,こちらは聴衆が何を思って聴いているだろうかと想像力をめぐらせながら,無言のキャッチボールをしているのだ。聴衆の気持ちをうまく取り込めて,この無言のキャッチボールに成功すれば,講演もうまくいく。

 原稿を作らないとはいえ,人前で話すとき,口が勝手に動くわけではない。話すテーマについて,その場で考えながら話をすることになる。そこで考えるというのは,脳のなかで必要な情報を取り出すという作業のことだ。

 日頃,記憶力が悪い私が,どうしてそういうことができるのか。私が話す内容は,労働法の話である。労働法について,これまで多年にわたって勉強してきた情報が頭のなかに蓄積されている。それは,私なりの意味づけにより,脳のなかで整理されている。脳のどこに整理格納されているかは,もちろん私は認識していないが,検索しようとすれば脳が勝手に動いて,比較的簡単にヒットし,そこからまとまった体系的情報を引き出してくれる。それに基づいて,私は話しているのである。

 私の記憶力が,もともとどの程度のものであるのかはよくわからない。昔は阪急電鉄の駅名を全部おぼえて大人に驚かれたとか,神経衰弱は無敵であったとか,多少のプチ武勇伝はあるが,これも小学生までのことだ。いまでは,人の顔は驚くほど覚えられない。よほど変わった顔の人しか覚えておらず,私が顔を覚えていた人は気をつけたほうがいい(それは良い意味のときもある)。

 ただ,昔から,人の顔はあまりよく覚えられなかった。大人になると,人の顔を忘れることが大きな問題となるから,自分の欠点として意識されがちであるが,それは老化の影響ではないのかもしれない(実は,脳の記憶力は,年をとっても変わらないそうだ)。

 新しいことが覚えられないのも,すでに脳における情報量がかなり多くなっていることが原因なのだ。若くて脳のなかの情報量も少ないころと違って,年をとってくると,きちんと整理して格納しなければならないのに,いつまでも若い頃と同じように整理しないで放置しているので,後から検索することが難しくなっているのだろう。

  このように,労働法以外のこととなると,私の検索力は著しく低い。同じ推理小説を何度読んでも楽しめるのは,少し得をしたようでもあるが,こんなに楽しんだ小説の記憶も,私の脳では簡単に喚起されないほど機能低下しているのかと思うと,気分はいささか複雑だ。

 この記憶力の問題は,他人に迷惑をかけている可能性もある。とりわけ酒席では,脳の機能はいっそう低下しているためか,何度も同じ話をしたりしているようだ。たぶん,同志社大学准教授の坂井岳夫君*1には,彼が陸上の選手であることを私が完全に脳に刻み込むまでに,数え切れないくらい同じ質問をしたはずだ。私は自分が高校生のころ陸上部にいたため,陸上をしている人に親近感を感じてしまうので,おそらく,坂井君に質問するたびに感動していただろう(記憶では感動は最後の1回だけなのだが)。同じ質問をされていても,坂井君はイヤな顔もしないで,答えてくれたはずだ。「前に同じことを聞かれましたが」などと言わない周りの人の優しさが,年配者を支えてくれる(ときには,増長させるのだが)。

 加齢によっても記憶力は低下しないとしても,やはり記憶された情報を引き出す力が弱まっているとすれば,それは問題なのだ。

キーワードを探せ

 ただ現在では心強い武器がある。「ググる」,つまりGoogleで検索すればよいのだ。何か分からないことがあるときや思い出せないことがあるとき,スマホを取り出して調べるのは,いまや普通のことだ。中高年者にとっての強い味方だ。それでも坂井君の陸上のことは,ググっても出てこないが,私がここで書いてしまったから,今後はググれるだろう(彼のことを紹介する同志社大学のHPでは,ジョギングをしていることは書かれていたが,ジョグと800メートル走は違うと強調しておこう)。

 もう少し著名人となると,検索はもっと簡単だ(坂井君も,そこそこ著名人だが)。「五木ひろしが,レコード大賞をとった曲で,『あの子』という歌詞で始まる曲は何だったっけ」と思い出せないときでも,「五木ひろし レコード大賞 あの子」という検索タームを入れれば,「夜空」が1番目にヒットする。

 そういえば,この前に,こんなこともあった。法科大学院の授業中に,傷病休職に関するJR東海事件*2を扱っていたとき,この判決が参考にしている最高裁判決の事件名が,どうしても出てこない。「あれなんだったっけな」と呟いていたら学生が「片山組事件」だと教えてくれた。

 もしそういう優秀な学生がいてくれなければ,スマホを使っていただろう。「賃金 最高裁判例 バセドウ」と検索タームを入れれば,「片山組事件」が1番目にヒットする*3。この事件では,労働者がバセドウ病にかかり,これまでの現場監督の仕事ができなくなって自宅待機命令となったときの賃金請求権がどうなるかが問題となったということまでは覚えていた。ここでは「バセドウ」が効く。「賃金 最高裁判例」だけだと,「片山組事件」には,なかなかたどり着けない。この判例の労働法上のキーワードは「バセドウ」ではないが,検索上のキーワードは,まちがいなく「バセドウ」だ(この病気の方には,病名をこういう使い方をして申し訳ありません)。

 Google は,辞典にもなるし,同時に,私たちの脳の記憶をサポートする利器だ。適切なキーワードの設定が,私たちの知的生活を豊かにする。

キーワード主義の弊害

 ただ,キーワード主義の弊害もあるのでは,と感じることもある。新聞を読んでいると,キーワードは書かれているが,どこか意味がよくわからないということがよくある。私は労働法の研究者なので,労働法関係の新聞記事のチェックは,どうしても厳しくなり,日頃,よく読む日本経済新聞の記事には,よく辛口コメントをブログで書いている(なお,これは愛情によるものだと思ってもらいたい。別のA新聞は,批判をする気にもならないことがほとんどなので)。

 学校教師のならいで,成績をつけてしまうと,労働法関係の記事の多くは,良くらいだろう(秀,優,良,可,不可の5段階評価)。キーワードはそれなりに羅列されているが,ポイントを突き切れていない。おそらく,そのテーマの本質がわかっていないからだ。キーワードはきちんとそろっているから,不可(つまり不合格)にはできないが,良い点数もつけられない。

 これは大学入試の弊害なのかもしれない。センター入試の現代文(かつての現代国語)の試験は,実は簡単な攻略法がある(私の受験時代は,知らなかったので現代国語は苦戦した)。現代文というと教養がなければ解けないような印象があるが,まったく違っている。現代文では,まず設問から読む。そこでキーワードをみつける。答えは,本文のなかに必ずある。線を引いてある文章の意味を問う問題は,その前後数行を重点的に読めばいい。こうして,かなり機械的処理で正答にたどりつける。本文の意味など理解できなくてもいい。小林秀雄でも,大江健三郎でも,江藤淳でも,何でもござれ,だそうだ。

 ちなみに国立情報学研究所の新井紀子教授の「お子さん」で東大合格を目指している「東ロボくん - Wikipedia」も,現代文の成績はそこそこ良いようだ。彼(彼女?)は,もっとすごい「力技」を使っていて,本文と設問の文字(単語ではなく)の統計的処理だけで,回答を出している*4。意味がわからなくても,現代文は合格可能のようだ。

 キーワード主義であっても,単語をきちんと拾い上げることができて,それを機械的に処理できる頭脳さえもっていれば,十分に良はとれる。しかし,秀や優の答案を書くには,それだけでは不十分だ。

 新聞記者には,高学歴の人が多いだろう。一定の情報源に接して,そこからキーワードを析出して,一般読者にわかり易くそれを表現して伝えるのは,難しい試験を突破してきた彼らにとっては,それほど難しい処理ではないのかもしれない。ただ,そのわかり易く表現するというところが実は重要で,その作業には,そのテーマに対する深い理解が必要となる。現代文の解答をみつけるようなものではなく,ほんとうに意味がわかっていなければならない。

 アメリカのNarrative Science社は,人工知能で記事を書くソフトを開発して,実際に配信している。

これは,ジャーナリストにとって危険なソフトだ。もし新聞記者が,優や秀を目指さず「機械的処理」で原稿を書いていたら,「機械的処理」では人間よりはるかに優秀なソフトに確実に負ける。 

勝手に添削,お赦しを

 逆にいうと,そこにコンピュータと戦うための鍵が隠されている。キーワードの単なる処理ではコンピュータに勝てない。しかし,コンピュータには,なかなか秀の答案は書けない。

 次のものは,日本経済新聞の朝刊(2015年10月2日)の記事だが,無署名のものなので,たいへん申し訳ないが,素材にさせていただく。

 「派遣で働く 改正法でこう変わる(下) 正社員との待遇格差是正 交通費支給,対応促す」というタイトルの記事で,そこに,次のような説明があった。

 「改正法の省令では,派遣会社と有期で契約している人について,派遣会社の正社員になっている人と同じように働く場合には通勤手当に格差を設けないよう盛りこんだ。もともと労働契約法では合理的な理由がないかぎりは交通費を支給するよう規定していたが,周知が不十分で知らない人が多い。このため改正法で明記し,派遣会社に対応を促す。」

 法律の話は,根拠規定が重要だ。これを間違えると,法科大学院の期末試験では大きく減点だろう。「改正法の省令では」となっているので,普通に考えると労働者派遣法施行規則を指すことになるが,私の見落としでなければ,そこには交通費のことなど書かれていない。おそらく,「派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針」のことを言っているのだろう*5。たしかに,この指針には,労働契約法20条にふれて,通勤手当のことに言及されている。

 しかし,省令と指針(告示)は違う。根拠が違っているので,ここを間違えると「秀」は無理となる。ただ,指針の効力は,実はそれほど明確ではなく,省令との混同は,たいしたミスではない。

 問題は,むしろ後半の「労働契約法では合理的な理由がないかぎりは交通費を支給するよう規定していた」というところだ。

 労働契約法には,交通費のことなど規定されていない。条文を見れば一目瞭然だ*6。通勤手当は,労働契約法の改正の際の施行通達において書かれているものだ。通達なので,法令ではない。裁判所が,通達どおりに判断する保証はない。これを「労働契約法では……規定していた」とやると,これはかなり深刻なミスだ。ここで「優」は難しくなる。

 最後の「改正法で明記し」という部分も,労働者派遣法の本体では何も書かれていないので,これも間違いだ。さらに厳密にいうと,労働契約法は,「不合理」な格差が禁止されているだけなので,交通費についても不合理な格差でなければ許される。しかも,合理的な格差が何かは明確ではない。だから,労働契約法が適用されても,それで派遣労働者が救われることにはならない。この記事を読んだ派遣労働者が,自分たちも派遣先の社員と同じ交通費をもらえると早合点すると,ヌカ喜びとなる可能性もある。

 ということで,この記事の評価は「可」がせいぜいだ*7。もちろん厳しい字数制限のなかでは,正確に書きようがないところもある。ただ,そのなかで,どこまで正確性を追求するかが,新聞記者たちジャーナリストに求められる能力だ。パンチがちょっと弱くても,次のような記事内容にすべきだったろう。

 「労働契約法は,有期雇用の労働者と無期雇用の労働者との間での不合理な労働条件の格差を禁止している。行政解釈によると,通勤手当も,不合理な格差が禁止される労働条件に含まれる。この規定は,有期雇用の労働者派遣にも,もちろん適用される。今回の派遣法改正にあわせ,行政は指針でこのことを確認し,派遣会社に対応を促す。」

 もしコンピュータが,この程度の記事まで書けるとなると,ジャーナリストは不要だ。しかし,コンピュータも,なかなかこのレベルにまでは到達できないだろう。そうであれば,ジャーナリストは,「優以上の答案」を目指すことによって生き残ることができる。

ラッスンゴレライ

 Googleの利用は,キーワードを用いた情報検索だけではない。言語と言語の置き換えである翻訳だって可能だ。機械翻訳のレベルは,劇的には向上していないが,それでも急速な進歩を遂げている。さらに同時通訳も,レベルアップしているようだ。

 たしかに,英語とスペイン語のような西欧言語どうしなら,単語の多くが一対一で対応するので,それを機械的に置き換えていけばよい。スペイン語は主語が省略されることが多いが,動詞の活用形から主語はわかるので,対応可能だ。必ずしも原文の意味がわかっていなくても,機械的に翻訳できるところがポイントだ。

 同じことが日本語でどこまでできるか。とりわけ和文英訳は難しいようだ。前述の新井教授は,ご著書のなかで,興味深い話をされている。Yahoo!翻訳とGoogle翻訳とでは,前者は,文法に基づいて設計されたが,後者はそうでないという違いがあるそうだ。文法に基づいていないので,Google翻訳は,とんでもない誤りをすることもある。しかし,「ハンカチは持ってきましたか?」という和文に対して,Yahoo!翻訳は,「Did the handkerchief last?」というとんでもない間違いをしてしまったが,Google翻訳は,「Did you bring the handkerchief?」と正解だった(2013年8月時点のレベル)*8。Yahoo!翻訳は,文法に縛られるので,最初に間違いをすると,間違いの連鎖で,とんでもない訳になってしまうそうだ。

 新井教授は,人工知能のやることは,統計的処理で近似することだと語っている。現代文もこの手法で解答しているのであり,Google翻訳も,この手法なのだ。だから,あいまいな言葉でも,ひたすら統計的に処理していくことで,リアルに近い訳に到達できるのだろう。

 ただ,機械翻訳にも,苦手なことがある。文脈からわかるだろうとか,常識的にこれはないよね,というような知識は,コンピュータにはインプットされていないことが多いし,インプットするのは容易ではない。しかも,常識は,時代とともに変わりうる。

 今年の12月1日に,少なからぬ日本人が言ったかもしれない「ラッスンゴレライはダメだったね」を,きちんと訳せるソフトはないのではなかろうか。これが2015ユーキャン新語・流行語大賞*9の候補に,この言葉が入らなかったことについての発言だということは,おそらく日本人の大多数は理解できるものだが,機械で翻訳することはできない。日本人の誰もが知っていそうな「ラッスンゴレライ」*10と,毎年12月1日に新語・流行語大賞の発表があることを知らなければ,この発言の意味はわからない。3年後には誰もが忘れているだろう「ラッスンゴレライ」という言葉を,コンピュータに覚えさせる必要はない。「ラッスンゴレライ」のように私たちが(一時的であれ)共通に了解しているようなこと,あるいは普通の感覚でなら間違えないようなこと(前記のハンカチの例)でも,コンピュータが対応できないのは興味深い。

 ちなみに,これも新語・流行語に挙がった「一億総活躍社会」は,機械翻訳では,Googleは,「One hundred million total active society」,Yahoo! は,「100 million total activity society」と似たような訳となった。政府は,これを,「Society in Which All Citizens are Dynamically Engaged」と訳したので,今度は,これを機械に和訳させると,Googleは「すべての市民が動的に従事している社会」,Yahoo! は,「すべての市民がダイナミックに約束がある協会」だった。和訳はGoogle翻訳のほうが良さそうだが,英訳のほうは,どちらも変な英語だ。

 「一億」は全国民の言い換えである,「総」は「一億」のほうにかかっている,「活躍」の主語は「一億総(国民)」である,などということは,並べられた七つの漢字を分析的にみるという方法では,わかりにくい。しかし,私たちは,このふんわりした曖昧な七文字熟語から,それなりにニュアンスをつかみとることはできる。このあたりは,コンピュータにはかなり難しいことなのだろう。 

コンピュータは画像が苦手

 Googleが,2015年5月に,サービス開始を発表したグーグルフォトは,人の顔や風景,動物などを自動的に認識し,分類できるのが特色だったが,あろうことか,黒人の男女が写った画像を「ゴリラ」と誤って認識,分類してしまった。「私の友だちはゴリラではない」という投稿がツイッターにあったことから大騒ぎになった。

 実は機械と人間は,根本的に認識の仕方が違っている。犬の写真を見ると,人間はそれをなぜか犬と認識できるが,コンピュータは,犬の写真を分析して,これまで取り込んできた多くの犬のデータと照らし合わせて,それが犬的なものかどうかを判断するという方法をとる*11。当然,こうした手法によるかぎり,外見が近いものになれば,誤認識が起こるだろう。

 人間の認識は,不思議なものだ。とりわけ顔の認識は特別だそうだ。人間の脳には,顔だけ特別に認識する神経細胞が「側頭連合野」にあるそうだ。

赤ん坊は,生まれて2週間くらいからこの細胞が機能して,まず初めに母親を認識するそうだ。赤ん坊が母親にニコッとするのは,そのためだ。母をしっかり認識しなければ,生きていけないということが,人類のDNAに刻み込まれているのかもしれない。

 顔の認識は人間の根源的な能力であり,機械にはなかなかたどり着けない領域なのだろう。人間なら,ゴリラと人間を間違えることは,いくらなんでもないだろう。

 ただ残念ながら,この細胞は加齢にともない衰えるそうだ。私は,AKBのメンバーの顔の識別がほとんどできないが,私より20歳ほど若い同僚の准教授のT君は,識別できるそうだ。記憶力は前述のように変わらないのだとすると,そもそも認識能力に問題があるということだろう。近眼に加えて,老眼も進行していて,モノを鮮明にみようとする意欲が失われてきていることはたしかだが……。

偉大なる想像力

 コンピュータはimage の認識が苦手とはいっても,克服不可能ではない。実際,機械学習によって,ずいぶん精度があがってきている。データを集積すればするほど,分類力も高まる。しかし,image を思い描くこと,すなわち「想像」はコンピュータにはできない。

 前回も紹介したアンドロイド研究の大家である大阪大学の石黒浩教授の「テレノイド」の顔をみてほしい。

最初は不気味な感じもするが,よく見るとそうでもない。石黒教授によると,テレノイドは,「人間としての必要最小限の見かけと動きの要素のみを備えるもの」で,「『人間は足りないものは想像で補完して埋める。その想像において,人はポジティブなもの』であり,想像の余地を残すことで,都合よく想像してコミュニケーションできる」のだそうだ。テレノイドは,介護の現場でもすでに活躍している。

 足りないものを,都合よく想像するという人間の脳の機能は,きわめて興味深い。そういえば,サンリオのキティちゃんには,口がない。これは,口を書くと表情が限定されるので,見る人が表情を自由に想像できるようにするためだそうだ。

 まったく次元は異なるが,私は,飛行機に乗ったときに,閉所恐怖症と高所恐怖症を克服して,自分の世界に入り込むために,目の前にいるCAのあられもない姿を想像させてもらうことがある(想像だけでは,客のセクシュアル・ハラスメントとまでは言えないだろう。ただ,いやらしい目線になっていたら,ダメかもしれないし,そういう目線にならないよう,あえて気むずかしい顔をするようにしている)。そこではたしかに,都合のよい想像をさせてもらっている(もっとも,こういうのは,想像ではなく妄想のたぐいかもしれない)。

 機械とは記憶では勝負できない。これからの時代,人間ならではの想像力をたくましくし,機械ではできないような創造性を発揮していかなければ生きていけない。妄想であっても,想像をしている私は,とても人間的なのだ。

知性派

 機内で妄想しているなんて,(しかもそんなことを天下の弘文堂のHPに書くなんて)おまえは知性がなく,下劣だ,と言う人もいるかもしれない。いやしくも大学教授たるもの,しかも公職にもついたりしているのに,恥を知れと,上から目線でお叱りになる方もいるかもしれない。

 しかし知性派ってなんなのだろうか。いろんな知識をもって,頭の回転も速く,情報処理能力が高く,冷静に論理的な言動ができる人のことなのか。

 でも,そういう知性派は,これから社会的な弱者に転落する可能性もある。

 2015年12月2日に,野村総研が,国内601種類の職業について,人工知能やロボット等で代替される確率を発表した。

前回,紹介したオックスフォード大学の研究者の業績の日本版だ。そこでは,次のように書かれている。

 「この研究結果において,芸術,歴史学・考古学,哲学・神学など抽象的な概念を整理・創出するための知識が要求される職業,他者との協調や,他者の理解,説得,ネゴシエーション,サービス志向性が求められる職業は,人工知能等での代替は難しい傾向があります。一方,必ずしも特別の知識・スキルが求められない職業に加え,データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業については,人工知能等で代替できる可能性が高い傾向が確認できました。」

 「データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業」で成功した人は,まさに知性派と呼ばれる人だろう。そういう仕事こそ,遠からぬ将来,人工知能に仕事を奪われていくのだ。

 一方,「他者の理解,説得,ネゴシエーション」が求められる仕事は,生き残る。この3ワードから,一つの概念が思い浮かんだ。この3ワードでは,Google検索ではヒットしないが,私にはヒットした。それは「団体交渉」だ。

 会社と労働組合との団体交渉は,誠実になされなければならない。この誠実交渉義務は,たんに内心で誠意をもって交渉すればよいというものではない。裁判例によると,「使用者は,自己の主張を相手方が理解し,納得することを目指して,誠意をもって団体交渉に当たらなければならず,労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり,必要な資料を提示するなどし,また,結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても,その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって,合意を求める労働組合の努力に対しては,右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務」なのだ*12

 あまり詳しいことは書けないが,労働委員会*13の仕事をしている経験からいうと,団体交渉をこじらせることが多いのは,経営側で知性派が交渉担当をしている場合のように思える。

 労働組合からの賞与の引上げ要求に対して,経営者の最も適切な対応は何だろうか。誠実交渉義務には,譲歩の義務は含まれない。これは,法律で書かれていないが,上記の裁判例もそれを前提としている。学説上も異論はない。だから,譲歩しないというのが,経営者にとって,最も有利な行動だ。ロボットに交渉をやらせるなら,相手の質問にはきちんと答える,見せることができるデータはきちんと提示する,でも絶対に譲歩はしない,という戦略でプログラミングすることになろう。

 問題は,実際の交渉でも,こうしたスタンスで臨んでいる交渉担当者が多いことだ。交渉担当者のなかには,労務対策のために人事部長に採用されたような人もいるし,外部の○○士や○○コンサルタントのような人が,裏から糸をひいていることもある。いずれにせよ彼らは団体交渉のプロを自認しているだろう。しかし,このプロたちが,ロボットと同じようなことをしていれば,いつかはロボットに勝てなくなり,彼らの職はなくなる。

 ロボットにはできないような,コンサルティングをしてこそ,生き残ることができる。目先の最適解を求めたがる経営者を諭して,中長期的に見れば,労働組合との関係をこじらせるコストのほうが,はるかに大きいということをアドバイスすべきなのだ。そうした姿勢でなされる交渉が,「他者の理解,説得」による「ネゴシエーション」だ。

 相手方である労働組合が何を考えているかについて想像力を働かせ,しっかり理解し,コミュニケーションをとって,そして説得していくということこそ,誠実交渉義務の精神だ。「譲歩をしない」という目的を設定され,それに基づき最も効率的で論理的な行動をとろうとするロボットは,こうした仕事には向かない。

 ここは居直ろう。知性派でないことを恥ずべきではない。自分の知性に自惚れて,相手のことを理解する想像力を欠き,独りよがりの論理を展開する。こんなロンリーな人間にはなりたくない。

 過去の記憶と情報をベースにした論理にばかり頼っていると,いろんな人との豊かなコミュニケーションができなくなる。これは,将来生き残る仕事を見つけだすうえでも重要な視点だ。論理はロンリー。これを肝に銘じて,人間力を鍛えていく必要がある。 

 ときには馬鹿な妄想話も交えて,労働組合の幹部と胸襟を開いてコミュニケーションをとれるような人間になることこそ,機械に負けないために必要なのだ。ちなみにどんな国の人でも,どんな立場の人でも,男性で下ネタを嫌いな人に会ったことはない。近くに女性がいるときの配慮などTPOをふまえなければならないが,下ネタで堅い雰囲気をやわらげ,コミュニケーションを潤滑に進めるなんて芸当は,もちろんロボットにはできないだろう。

*1:同志社大学法学部・法学研究科|教員紹介|坂井岳夫先生

*2:大阪地方裁判所判決平成11年10月 4日平成10年(ワ)第3014号

*3:最高裁判所第1小法廷判決平成10年4月9日平成7年(オ)第1230号 →裁判所HP

*4:佐藤理史「あらゆる知的能力の基盤をどう磨くか?」新井紀子『ロボットは東大に入れるか』(イースト・プレス,2014年)170頁以下→Amazon

*5:厚生労働省HP|派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針

*6:法令データ提供システム|電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ|労働契約法

*7:日本経済新聞の名誉のために書いておくが,同紙でも,専門家が見ても十分に納得できる「秀」の記事はたくさんある。ここで引用した記事は,あえて「可」のものを採り上げたにすぎない。

*8:新井・前掲書80頁以下

*9:自由国民社|「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞 全授賞記録

*10:お笑いコンビ「8.6秒バズーカー」のギャグ。8.6秒バズーカー - Wikipedia

*11:以上は,新井・前掲書30頁以下を参照

*12:カールツアィス事件・東京地方裁判所判決平成1年 9月22日昭和62年(行ウ)第130号

*13:労働委員会 - Wikipedia

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