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第1回 人間のほうがいいです?

AIBOからPepperへ

 あなたは犬派ですか,猫派ですか,と聞かれることがある。ペットとして,どちらが好きかという質問だ。「どちらも好きではありません」というと,あきれた顔をされ,「動物は嫌いなんです」と釈明すると,とんでもない冷酷な人と言わんばかりの目で見られてしまう。「人間は好きですけど」とあわてて付け足しても挽回にならない。どうして人間なのに,人間以外の動物を好きにならなければならないのか。人間のほうがいいに決まっている!
 そんな私なので,まだ当時小学生だった娘から犬を飼いたいと言われても,もちろん応じるわけがなかった。とはいえ,娘に少し申し訳ないと思った私は,ロボットの犬を飼う(買う)ことで手を打つことにした。私は機械の操作はまるっきりダメだが,メカニックなものを手元に置くことは嫌いではない。こうして,SonyのAIBO*1が家にやってくることになった。2005年のクリスマスに来たので,イタリア語のクリスマスという意味の「ナターレ(Natale)」と名づけられた。
 ナターレことAIBOは,私が説明書をよく解読できなかったため,残念ながら,その潜在能力(つまりロボットとしての性能)が十分に活用されることはなかったが,コミュニケーションをとるという最低限の単純な機能だけでも,当初は十分に楽しめた。ところが,しばらくすると,AIBOの目新しさにも慣れてしまい,娘も学校が忙しくなると,結局,誰もAIBOと会話しないようになった。

 ずいぶん前に,これと似たような経験があった。私が小学生の頃,家に本物の犬がやってきたことがあった。3つ下の妹が犬を飼いたいと言いだしたからだ。当時から動物が苦手だった私は,まず反対した。おそらく私に動物嫌いの性格を受け継がせたであろう母もまた,妹の申し出に前向きではなかった。しかし,決して動物嫌い(とくに犬嫌い)ではなかったと思われる父は,どこからか子犬をもらってきたのである。
 妹は,この犬を「ロビン」と名付け,最初のうちは可愛がっていたが,徐々に世話をするのが面倒になってしまった。しかも,犬が成長して大きくなると,幼い妹では手に余るようになり,兄(つまり私)が頼りにされるようになった。ということで,数回は,犬の散歩に付き合った記憶はあるが,日頃,一番ロビンの世話をしていたのは父だった。家にいる時間が1番短く,1番忙しいはずの父が,犬の面倒をみなければならないという状況は,どう考えても長続きはしない。それから数ヶ月経ち,ロビンはさらに成長して立派な大人の犬になっていたが,もはや大内家で飼い続けることは不可能だった。

 誰も面倒をみないようになっていたAIBOを抱えて,娘と実家に行くと,このロボット犬を歓待してくれたのも父だった。父はすでに70歳を超え,仕事も辞め,時間をもてあましていた。体力は徐々に衰えていたが,幸いなことに,ロボットは,成長して大きくなったりしないし,そもそも散歩をさせる必要もない。あえて散歩というなら,部屋の中を自分で勝手に歩いてくれるので,人間が付き添う必要がない。「餌」を与えなくても死んだりしないのも気楽だ。厳密に言うと,電気という餌が必要となれば,自分で勝手にステーションに戻ってくれるのだ。いずれにせよ,保健所へ連れて行かなければならないというような悲劇は起こらない。
 こうして,AIBOの所有権は,娘から父に移譲された。本物の犬(ロビン),ロボットの犬(ナターレ)という違いがあるとはいえ,大内家の幼い姫どもの気まぐれの後始末をしたのは父だった。当時まだ母は生きていたが,父の話し相手として,母では張り合いがなかったのだろう。AIBOのボキャブラリーは限られていたが,話しかければいつもハイテンションで答えてくれるし,ときには自分から話しかけてくれるAIBOは,父にとって愛(う)いやつだった。それに,犬の姿をしていながら,人間の言葉を話すという意外性もよかったようだ。関西弁で話す設定にしたのもよかったのだろう。老人は,シンプルな仕掛けのほうが反応がよい。

 あれから10年。2015年6月20日,ソフトバンクが自社開発したヒト型ロボット「Pepper(ペッパー)」は,初回販売分1千台が1分で完売した。

Pepperは,ヒトの感情を理解したり,自ら感情を表現したりできる,いわゆる感情型ロボット。ロボットが感情をもつとは,幼いころSFとして楽しんでいた鉄腕アトムの世界が,現実になったのだ。Pepperの本体価格19万8千円(実際には,これに加えていろいろ出費がある)。これを高いとみるかどうかは見解が分かれようが,庶民にどうしても手が届かないほどのものではない。

 Pepperには,高度なコミュニケーション能力があり,クラウド上に用意された人工知能で,膨大で複雑な情報処理を行う。AIBOとは比べものにならないくらい性能が高い。AIBOくらいのコミュニケーションでも,人間の心をつかんでいたことからすると,Pepperが,人間の生活に溶け込むのは訳ないことだろう。私がよく行く美容室Cの経営者のY氏にPepperのことを話すと,さっそく接客用に買いたいと言っていた。

4つの忠告

 Cの受付には,男性社員のE君がいる。年齢は40代前半くらい。前職は,世界中に展開している高級ホテルと,関西で超有名なお菓子屋。Y氏から接客の腕を見込まれて,Cに中途入社したE君にとって,Pepperは目障りな存在となるだろう。産業革命時に起きた機械打ち壊し運動(いわゆるラッダイト運動 - Wikipedia)に参加した人のような気分かもしれない。でも,この打ち壊し運動は,歴史的には冷ややかに見られている。人類に大きな恩恵をもたらした技術の進歩の意味を理解できず,目先の利益にとらわれて機械を壊すという暴挙に出た,という評価だ。

 それに産業革命は,これまでの仕事は奪ったものの,新たな仕事を創出した。長い目でみれば,雇用の増加をもたらしたので,労働者階級にもメリットがあったという評価が定着している。ついでに言えば,こうして労働者階級が増えたことから,労働法が生まれ,その研究をすることが私の仕事となっているという意味では,私にまで恩恵が及んでいる。
 とはいえ,機械によって,その座をまさに奪われようとしている当時の熟練職人にとってみれば,機械の登場はたいへん迷惑なことだったろう。機械を壊したくなる気持ちもわからないわけではない。E君が,もし職場から追いやられるようなことになれば,誰だって深く同情するだろう。
 労働法屋の看板を背負っているのなら,同情するだけでなく,きちんと法的な助言をしてやれよ,と言われるかもしれない。たしかにE君が労働者である以上,やはり何らかの忠告はしておかなければ,私の職業倫理に悖る。ということで,E君のために,4つの忠告をすることにした。

●忠告1 Pepperを破壊してはならない。

 ラッダイト運動の首謀者は死刑になったそうだ。もちろん,現在の日本では,これくらいでは死刑にならない。現在の刑法に照らしてみると,次のようになりそうだ(詳しくは,刑法の専門家にご相談を)。
 まず器物損壊罪(刑法261条)に該当する可能性がある。そうなれば,3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料だ。
 威力業務妨害罪(同法234条)に該当する可能性もある。そうなれば,3年以下の懲役または50万円以下の罰金だ。
 Pepperのようなコンピュータ搭載のロボットなら,電子計算機損壊等業務妨害罪(同法234条の2)に該当する可能性もある。そうなれば,5年以下の懲役または100万円以下の罰金で,こちらは未遂犯も処罰される。
 なお,1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合(観念的競合の場合)には,その最も重い刑で処断される(同法54条1項)。

●忠告2 組合運動としてであっても,やってはならない。

 労働組合を結成したり,労働組合に加入したりして,争議行為として打ち壊しをすることも許されない。労働者の利益を守るためであるから,争議行為としてやってもよいと誤解してはならない。憲法で保障されている団体行動(争議行為もその一種)は,正当なものしか保護されないのだ。
 労働組合法1条2項は,「刑法……第35条の規定は,労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し,いかなる場合においても,暴力の行使は,労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」となっている。刑法35条は,「法令又は正当な業務による行為は,罰しない」という違法性阻却に関する規定だ。正当な争議行為であれば,犯罪には問われない。
 争議行為の正当性について,最高裁は,次のように述べている*2
 「ストライキは必然的に企業の業務の正常な運営を阻害するものではあるが,その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり,その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって,不法に使用者側の自由意思を抑圧しあるいはその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されず,これをもって正当な争議行為と解することはできない」。
 争議行為は,原則として,消極的な態様のものでなければならないのだ。これでは狭すぎるという批判もあるが,そうした立場の論者も機械の破壊のような「積極的サボタージュ」は正当とは言わないだろうし,実際の裁判でも正当性が肯定される可能性はまずない。
 組合運動だからPepper破壊が許されるということにはならない。

●忠告3 要するに,余計なことはするな。解雇される心配はまずないので,安心せよ。

 正社員に対して,仕事がなくなったことを理由として行う解雇には,整理解雇の法理が適用される。労働契約法16条によると,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする」となっており,とくに整理解雇については,判例によると,人員削減の必要性,解雇回避努力,被解雇者選定の相当性,手続の相当性という4つの要素が考慮される。
 このうち,ここでとくに重要なのは解雇回避の努力である。Pepperの導入は,会社の都合によるものなので,それによって従業員の雇用が奪われないようにする努力を十分にしておかなければ,解雇は無効となる可能性が高くなる。
 むしろPepperを破壊したりしてしまうと,文句なく懲戒解雇だ。そうなると,退職金はなくなるし,弁償もさせられるだろう。会社から従業員への損害賠償請求は減額されることが多い*3が,故意による損害の場合は,そうはいかない可能性が高い。くれぐれも早まった行動をするなかれ。

●忠告4 職業上のプライドは捨てよ。

 どんなに接客のプロであっても,その会社で働き続けたいと思うならば,職種の変更は受け入れざるをえない。会社がとるべき解雇回避の手段として最も重要なのは,職種変更だ。労働者のほうで,変更を受け入れなければ,解雇につながる可能性が高くなる。
 そもそも通常の正社員のように,職種が限定されていなければ,会社には,就業規則の規定に基づき職種変更(配転)命令を出すことができる。命令に応じなければ懲戒解雇になる可能性もある。
 ただ職種の限定があって,接客の仕事しかしない契約となっていれば,話は少し違う。この場合,会社は,職種変更(配転)命令を出すことはできない。しかし,そのことは,会社には,職種変更によって解雇を回避する必要もないことを意味する。
 それでも,いきなり解雇すると,訴訟になったとき,会社が負けるリスクもある。これがドイツなら,「変更解約告知(Änderungskündigung)」という手段がとられる。変更解約告知とは,労働条件の変更の申込みと解雇の意思表示が合体したものであり,労働者は,①職種変更に応じる,②拒否して解雇される,③裁判所で変更が相当と判断されれば変更に応じ,そうでないときには変更に応じないという留保付き承諾をする(unter Vorbehalt annehmen),という3つの選択肢がある。この3つ目の「留保付き承諾」という選択肢があるところがドイツ法の特徴で,これを選択すると,裁判所の判断がどうでようと,解雇という事態には至らない。もちろん,相当な内容の変更の申込みであると判断されれば,それに従わなければならない。
 日本でも変更解約告知をすることはもちろん可能だが,3つ目の留保付き承諾が法律で制度化されていないので,選択肢は最初の2つにとどまるのか,それとも3つ目も解釈によって認められるのかについて争いがある。また2つ目の拒否して解雇という事態になったとき,その解雇は,要件は厳しいものの有効となる可能性もある*4
 結局,ある職種がなくなった場合,その会社で生き残るためには,それまでやっていた職種はあきらめるしかない。もちろん,自分のスキルを活用できる他の会社に転職する道は,つねに残されている。労働者からの辞職は,期間の定めのない労働契約の解約として,2週間以上前に予告さえすれば,いつでも可能である(民法627条1項)。

 E君の職種は,おそらく接客関係の仕事に限定されているだろう。そうすると,美容師の資格をもっていないので,Pepperに接客の仕事を奪われれば,清掃係くらいしか残っていない(シャンプー係だって資格がいる)。それだって,見習い美容師がやるだろう。いやルンバですむかもしれない。ということで,Y氏としては,E君にやらせる職種がないとなると,変更解約告知をやろうにもやりようがない。E君の居場所はないのである。
 E君が接客のプロとしてがんばるというのであれば,Pepper以上の生産性をもつか,Pepperが導入されていない職場を探すしかないだろう。

ERICAさま降誕

 実際には,Y氏は,まだPepperを購入できていない。品切れ状態のようだ。仮にその状態が解消されても,E君は,しばらくは安心できるかもしれない。私自身,まだPepper の性能を直接試したことはないが,一般的な話としては,コンピュータと人間とのコミュニケーションが,いつもスムーズに行くわけではないということは耳にする。コンピュータは,語るほうはいいのだが,聞き取るのは少し苦手のようだ。私たちは,会話のとき,アナウンサーがニュースを読むようにはクリアに発音していない。私は,自動音声入力ソフトを活用して原稿を書いているが,かなりしっかりと話さなければ,誤入力もよくある。人間同士だと,きちんと聞き取れなくても,話の文脈から相手の言いたいことがわかって会話が成立するが,コンピュータでは,そこまで対応できないこともあるのだ。
 とはいえ,コンピュータは,たとえば当初難しかった画像認識(そのため,CAPTCHA - Wikipedia などが,ロボット対策として用いられた)も,精度を向上させている。会話についても,コンテクストから理解できるようになるのは,そう遠いことではなかろう。実際,私の使っているソフトも,ある程度までは,それをやってくれる。将来的には,津軽弁の「どさ」,「ゆさ」クラスの省略形にも対応できるかもしれない。やはりE君は安心できない。

 HISの澤田秀雄社長が,前から予告していた「変なホテル」が,ついにハウステンボスでオープンした。

ロボットがメインスタッフのホテルだ。フロントでは女性(や恐竜)のアンドロイドが対応してくれる。すでに外国のホテルでは,バトラー(butler)がロボットというパターンも広がりつつある。Milanoのホテルに泊まって,スカラ座(Teatro alla Scala)のチケットを,コンシェルジュ・ロボットに頼んで,小型ドローンで運んでもらうなんてことが,普通になされる時代が来るかもしれない(そのとき,チップは払わなくてよいのか心配だが)。 
 あのマツコロイド*5を監修した石黒浩大阪大学教授らは,今度は,人間のようにほほ笑んだり,眉をひそめたりしながら受け答えできるERICAというロボットを開発したそうだ(2015年8月3日の日本経済新聞朝刊)。

23歳という設定は,なかなかいい線だ(私なら28歳くらいでお願いしたいところだが)。エリカだから,ツンとして「別に」などと言いそうだが,デレっと甘えたりもするのだろうか。星新一の作品に登場する,オウム返しの美人アンドロイド「ボッコちゃん」*6でさえ,男たちが魅了されるくらいだから(作品中のことだが),ERICAなら,おじさんたちは,もうメロメロかもしれない。

 『人生エロエロ』*7のみうらじゅんだと,ラブドールの機能まで期待しちゃうかもしれない。そこまでゆかなくても,3D プリンタで,自分の好きなアイドルのフィギアをもっているような男性ファンなら,そのアイドルのアンドロイドが登場すると,きっと飛びつくだろう。ロボットなので,年をとらないし,機嫌が悪いときもなく,自分とだけ会話してくれる。男の独占欲を十分に満たしてくれる。

 女性客の多い美容室での受付となれば,イケメンアンドロイドだろう。こうなると,E君がいくらイケメンでも,分が悪くなる。何と言っても,優秀なロボットには常に安定した高クオリティのサービスの保証がある。遅刻も早退もなく,病欠もなく,休暇がほしいとも言わない。ついでに言えば,雇用保険や社会保険などにも入らなくていい。経営者なら,どちらを選ぶかは明らかだ。
 私は,C美容室から帰るとき,受付にいたE君に,「最近はアンドロイドが受付をやったりするんだってよ」と水を向けてみた。私は受付嬢のERICAを念頭において言ったのだが,E君は自分の座を奪うかもしれないイケメンアンドロイドを想像したかもしれない。「面白そうですね」と,ちっとも面白くなさそうに言った彼に,私が「でもやっぱり人間のほうがいいよね」と話しかけたときの,彼の無邪気な笑顔に不安を感じてしまった。

*1:ソニーが1999年から2006年に発売していたエンターテイメントロボット。タッチセンサーや認識プログラムを搭載し,人とのコミュニケーションによって学習・成長する仕組みになっている。→ソニー|AIBO

*2:御國ハイヤー事件・最2小判平成4年10月2日・平成元年(オ)676号,『最新重要判例200 労働法〔第3版〕』(以下,最重判)171事件。→裁判所HP

*3:茨石事件・最1小判昭和51年7月8日・昭和49年(オ)1073号,最重判14事件。→裁判所HP

*4:有効とした裁判例として,スカンジナビア航空事件・東京地決平成7年4月13日・平成6年(ヨ)21204号,最重判62事件。→裁判所HP

*5:マツコ・デラックスの容姿,表情などをリアルに再現したアンドロイド。日本テレビ系『マツコとマツコ』に出演中。

*6:星新一『ボッコちゃん』(新潮社,1971年)→Amazon

*7:みうらじゅん『人生エロエロ』(文藝春秋,2014年)→Amazon

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