「絶望と希望の労働革命-仕事が変わる,なくなる」の連載にあたって

 1枚の紙を折って,月にまで届かせることができるか。月までの距離は,約38万kmである。かりに紙の厚さが0.1mmだとすると,気の遠くなりそうな回数折らなければならないように思える。しかし実は42回折るだけで届く(折ることができれば,ということだが)。2の42乗は,約4兆4000億。これに0.1mmを掛けると,約44万kmとなる。つまり42回折ったところで,月を超える。

 宴席で使えるトリヴィア的なネタだが(テレビ朝日の水谷豊主演のドラマ『相棒』でも使われていた),「ITの進歩は,指数関数的だ」と言われるときのイメージは,こうしたものだ。最初は,目で追えるが,そのうち,想像もつかないところにまで飛躍してしまう。

 ITの応用形態であるAI(人工知能)は,人間がプログラムを設計しているあいだは,人間のコントロールの範囲内にある。しかし,AIは,すでに自ら学習できる力をもってしまった(機械学習)。とりわけディープ・ラーニング(deep learning)技術の進化で,機械が人間の脳内と同じように学習することが可能となっている。こうなると,もうその行き着く先は,目で追えなくなり,想像をはるかに超える。世界的に有名な物理学者であるSteven Hawking博士ら科学者もAIの危険性に警鐘を鳴らしている。

  ITのおかげで,私たちの生活は,ずいぶん便利になった。ITは,労働の現場にも,すでに深く浸透し,多くの労働者がITを活用して仕事をしている。今日,IT抜きの仕事は考えられない。IT革命は,労働革命でもある。しかし,これは労働者に良いことばかりではない。高度なコンピュータソフトに仕事を奪われたり,先月まで隣にいたパートタイマーが,AIを搭載したロボットに置き換わったというような事態が,すでに現実に起きている。「指数関数的な進歩」をとげるITやAIによってもたらされた労働革命の行き着く先はどこか。そこにあるのは絶望か,それとも希望か。

 この連載では,すでに進行している労働革命を描きながら,一労働法研究者の視点から,私たちの課題を探っていこうとするものである。

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