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第9回・完 Reconciliationの力

情けは人のためならず

 2009年,ちくま新書『雇用はなぜ壊れたのか-会社の論理vs.労働者の論理』を上梓した。同業者の一部からは良い評価をいただいたし,大学の学部のゼミでも使っていたが,残念ながら売れ行きが伸びず,数年前に絶版となった。

 リーマンショックの余波が残るなか,やや理屈にこだわった同書の内容は,眼前の社会問題にダイレクトに応えるような内容ではなかったので,緊張感がないと思われたようだ。新書向きでなかったのかもしれない。個人的には,その前年に刊行していた新潮新書の『どこまでやったらクビになるか-サラリーマンのための労働法入門』より,もっと先をみた,少々アカデミックな内容にして差別化を図ったつもりだったのだが……。

 ところで,このたび弘文堂から刊行された『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』は,本連載「絶望と希望の労働革命」の一部を組み込んだもので,その内容は,上記のちくま新書の本よりもっと先をみたものだ。何といってもサブタイトルにあるように,念頭にあるのは「2035年」だ。2035年という年そのものに特別な意味があるわけではないが,「それほど近い将来の話ではないが,だからといって遠い未来の話というわけでもない」というニュアンスを込めている。遠い未来でないといっても,現下の問題の解決につながらないのなら,やはり緊張感がないのでは,と言われそうだが,そこは違う。2035年の話は,2017年の話でもある,というのが私の主張だ。人工知能ブームに乗っかっただけの本と誤解しないでもらいたい。

 ちなみに『AI時代の働き方と法』(214頁)でも引用したKyenes(ケインズ)は,100年後の経済を語っている。Kyenesくらいになると100年後のことを語っても話を聞いてもらえるだろうが,残念ながら私が語ると,良くできた法螺話と思われるのが関の山だ。そんな私でも,20年(厳密にいうと18年)後のことなら語れるのではないか,と思ったのだ。


 ところで,ちくま新書の拙著は,労働法や雇用政策上の論点について,会社の論理と労働者の論理という二項対立を労働法はどう解決すべきかを論じている。取りあげた11のテーマのうちの一つが,「正社員と非正社員-政府のやるべきことは何?-」だ(第10章)。現在の政策論にもそのまま使えそうな内容だと自負している。そのなかに「情けは人のためならず」という小見出しのついた,次のような箇所がある。少し長いが引用する(199~200頁)。

 しかも,これは彼ら・彼女らだけの問題ではない。冷静に考えると,こうした将来の展望を失っている若者を放置することは,支配階層にとっても危険なことである。

 今村仁司『近代の労働観』(岩波新書)によると,初期近代のフランスでは,貧しい民衆は,「pauvre」(貧しい人。英語のpoor)と「miserable」(哀れな人)に分けられていた。前者は,体制側に受入可能であるのに対して,後者は,体制を攪乱する存在とみなされ,排除か矯正の対象となった。体制側にとって,「pauvre」は必要だが,「miserable」は危険であり不要というのである(今村氏は,「miserable」に「人間の屑」という訳語をあてている)。

 フランスの「miserable」というと,ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル(Les Misérables)」(ああ無情)を思い出す。ジャン・バルジャンがどうして「ミゼラブル」かというと,単に貧しいというだけでなく,それ以上に,社会の秩序にはまらず,奈落に転落していったからである。

 現代の日本社会においても,「miserable」を作らないようにしなければならない。とりわけ,将来のある若者が,「miserable」になってしまうことは避けなければならない。

 いつの時代も,若者は,それよりも上の世代の存在をうっとうしく思うものである。しかし,それは若者の成長にともない解消されるものでもある。ただ,もし若者がいつまでも,この窮屈な状態が変わらないとして将来に絶望を感じたとすると,どうなるであろうか。そのような閉塞感は,若者を過激な行動に走らせる危険もある。実際,赤木智弘『若者を見殺しにする国』(双風舎)のように,戦争待望論を唱える者もいるのである。戦争が起これば,いま社会の支配階層にいる者と立場を逆転させる可能性が生じるからである。

 政策には「理」と「情」がなければならない。ロスジェネ世代の若者は,前述のように,就職時期の雇用環境が悪かったという意味で「運が悪かった」といえる。「運の良かった」人たちが「運の悪かった」人たちに「情」を示して手を差し出すのは,人間として当然の感情である。それと同時に,政府が運の悪かった若者に救済策を打ち出すのは,国民の間の真の意味での平等を実現するという「理」もある。

 他方,このような政策には,若者の過激な暴発の危険性を避けて,現在の支配体制を維持するという意味もある。同情といった「上から目線」は,本来,傲慢である。若者を救うのは,決して若者のためだけではなく,支配階層の利益にもなるのである。こちらのほうが,若者救済政策の「理」としては,国民の間の平等というよりも説得力があるかもしれない。要するに,「情けは人のためならず」である。

 この部分は主として国をリードするエスタブリッシュメント(支配層)を意識して書いたもので,労働法には,「情けは人のためならず」という考え方が根底にあるということを強調したものだ*1。会社の論理,さらには生活者や消費者の論理が優先しがちな日本において,支配層にとっても,労働者の論理を重視することは実は大切なのだというメッセージを込めている。このことは,なぜ雇用(job)を強調したTrumpが,アメリカのエスタブリッシュメントのClintonに勝利したかという話にもつながる。

 

イギリスとアジアの間の暗い歴史

 Trumpの勝利は,Brexit と並ぶ,2016年の最も大きなサプライズだ(ピコ太郎人気も,相当なサプライズだが)。アングロサクソン(Anglo-saxon)において,不穏な動きが見え始めたと思ったのは,私だけだろうか。実は私は,アングロサクソンには,かなり警戒感をもっている。それは個人的な経験というよりも,学校の教科書で歴史を学んだときに受けた印象からくるものだ。

 高等学校の日本史の教科書のなかでイギリスが最初に登場する年は,1600年だろうか。豊後に漂着したオランダ船リーフデ(Liefde)号*2に乗船していたイギリス人William Adams(ウィリアム・アダムス)は,徳川家康に厚遇され,三浦按針という日本名まで与えられた。

 イギリスはその後オランダに続いて,1613年に江戸幕府から交易の許可を受けたが,1623年に,平戸の商館を閉鎖して退去する。要するに,貿易のために,勝手にやって来て,勝手に去って行った。1673年にイギリスは再上陸を求めてきたが,江戸幕府は拒絶した(リターン(Return)号事件)。

 その後にイギリスが日本史の教科書に登場するのは,1808年に起きたフェートン(Phaeton)号事件だろう。鎖国中の日本と唯一貿易をしていた欧州国であるオランダは,本国のほうはNapoleon(ナポレオン)に征服されていた。フランスと戦っていたイギリスは,オランダのアジアでの拠点を奪おうとしており,長崎にもやってきたところで,事件が起きた。日本側に被害はなかったが,イギリスに勝手に侵入され,好きなようにされたということで,あわれ長崎奉行の松平康英は責任をとって切腹した。欧州での争いに日本を巻き込むな,と言いたいところだ。

 1886年のノルマントン(Normanton)号事件もひどい話だ。こちらのほうは,少なくとも私の手元にある教科書ではとりあげられていない。どこかの国なら,しつこく教科書に載せて国民の愛国心を高めるために利用するであろう国辱的な出来事だ。

 横浜港から神戸港に向かったイギリス貨物船ノルマントン号は,暴風雨で座礁し,その際に,John William Drake船長以下,外国人乗組員は全員救命ボートで脱出した。彼らは,和歌山の村民に救助されたが,そこには日本人乗客はいなかった。日本人は全員が船の中に取り残されて死亡していた(その他のアジア人も同様に死亡した)。

 イギリスと日本が,1858年に締結した日英修好通商条約のなかには,「日本人或は外国の臣民に対し悪事をなせる貌利太尼亜臣民はコンシユル或は其他の官人にて糺し貌利太尼亜の法度に随て罰すべし裁断は双方において偏頗なかるべし」(5条2項。現代文の表記に直している)*3という規定があった。悪名高い領事裁判権を認める規定だ。そのためDrake船長を裁くのもイギリス人の領事だった。裁判は,当初の海難審判では無罪,その後,兵庫県知事の告訴に基づいて始まった刑事裁判では,禁錮3か月の微罪だった。この事件をきっかけに,領事裁判権は国民の関心を高め,明治政府は,幕末のどさくさで押しつけられた不平等条約の改正へと進むことになる*4

 すでに当時のイギリスは,日本にとって要警戒国だった。1838年に,イギリスは,清との間で,アヘン密輸のための戦争をし,それに勝利して香港をぶんどる*5。イギリスが富むためなら,アヘンの取引もいとわず,そのためには武力も使うという,めちゃくちゃなことが行われた。イギリスは,1858年にはインドのムガル帝国まで滅亡させた。ノルマントン号事件をはじめ,アジア人に対する暴虐ぶりは言語道断だし,勝手にイギリスの流刑地にされた北アメリカ,オーストラリアで,入植者や犯罪者がネイティブ・アメリカン(インディアン)やアボリジニーにしたことは,彼らがいかに望もうと,決して歴史から消すことはできない。

 イギリス人が戦後,自国史をまともに学び,自国の繁栄が非文明的な残虐行為に基礎をおいたものだと知ったとき,国民のモラルは低下し,英国病にかかってしまったと言われている。それを克服するにはMargaret Thatcher(マーガレット・サッチャー)の登場を待たなければならなかった。

 日本では,新興国イギリスの暴虐ぶりに業を煮やした者たちが「大東亜共栄圏」をめざして立ち上がろうとした*6。もちろん,日本中心のアジアの共栄は,他のアジア諸国の共感を必ずしも得られたわけではなかったし,いかなる思想によるとしても,太平洋戦争や大東亜戦争を正当化すべきではない。反戦・不戦への願いは,人類が永遠に保持し続けなければならないものだ。

 ただ,欧州的正義論に盲従しがちな私たち日本人は,イギリスを中心とする欧州諸国のアジア支配が,アジア人の人権を蹂躙した暴虐の歴史だったということを忘れてはならない。欧州人やその末裔の論理に振り回されてはならないのだ。

 

産業革命のきっかけ

 ところで,このイギリスでなぜ産業革命がいち早く起きたかについては,いくつかの見解があるが,少なくともイギリスがアフリカやアジアをはじめ世界中に植民地を作って富を得て,資本の蓄積を進めていたという事情が大きく寄与していたことは確かだろう。

 ちなみにイギリスの産業革命の直接的なきっかけについて,ある世界史の教科書は,次のように説明している*7

 「産業革命の遠因は,17世紀のインド貿易にさかのぼります。イギリス東インド会社がインドから綿布を輸入,軽さ・柔らかさ・保湿性・染め易さが人気を呼び,イギリスで大流行しました。その影響を受けて売り上げが激減したのがイギリスの毛織物です。危機感をもった毛織物業者の働きかけに動かされ,1700年,イギリス政府はインド綿の輸入を禁止します。
 しかし綿布の需要はあるので,インド綿の代替として,西インド諸島などから原綿を輸入して,イギリス国内で綿布を生産する業者が現れました。これが飛ぶように売れて,生産が消費に追いつかないほどだったので,大量生産のための技術の改良がはじまりました。これが産業革命のそもそもの発端です。」

 インド綿(モスリン,キャラコなど)は高級商品であり,当時の欧州人はこれを渇望した。しかし,欧州にはこれと交換できるような商品はなく,そのために銀による購入が主となったが,それらも当初はアメリカ大陸からの暴力的収奪があり(インカ帝国の滅亡などをもたらした),さらにアジアからも輸出された。世界有数の銀の産地であった日本からも,多くの銀が輸出された(石見銀山は2007年に世界遺産になった)*8。日本が侵略されなかったのは,ほんとうにラッキーだったのかもしれない。

 Trumpもそうであったように,いつの時代も,国内の産業や雇用を守るために,輸入を抑える政策は,国民の受けがいい(ほんとうは国内の消費者が犠牲になるのだが)。18世紀初頭のイギリスも,国内の毛織物業者を守るために,インド綿の輸入を禁止した。それが産業革命を引き起こした。

 もちろん大量生産のためには,産業革命により次々と生み出された機械だけでなく,機械をサポートする人間の労働力も必要だった。ちょうど農村では,第2次囲い込み運動(enclosure)が起こり,そこで農地を失った農民が大量に都市に流入していた。

 資本,技術,労働力。イギリスにおいて,資本主義の発達の基盤は整った。

 

理想と空想

 アメリカのObama前大統領は,その掲げた核廃絶による平和という崇高な理想をかかげたことを評価されて,2009年にノーベル平和賞をとった。ただ,彼の理想が,シリア紛争,ISのテロなど次々と起こる現実の前には無力だったのは残念だ。

 Obamacare と呼ばれるアメリカの公的医療制度*9は,国民皆保険の日本からすると,理想主義的と呼べるほどのものではなかったが,Trump新大統領は,就任早々,制度の見直しを決めた。

 理想を貫徹するのは難しい。ただ理想を語れない世の中では困る。産業革命の初期,Robert Owen(ロバート・オーウェン) は,経営者でありながら,社会主義を目指した。彼にも大きな理想があった*10。前述の教科書から,Owenの説明をした部分を引用してみよう*11

 イギリスのロバート=オーウェン(1771~1858)は,スコットランドのニューラナークで紡績工場を経営していました。経営者でありながら,労働者が置かれている劣悪な環境を改善しようとし,工場法制定のために活動をし,また自分の工場でもさまざまな実験的な試みをしたことで有名です。彼は……社宅を建設し,……日用雑貨・食料品などを安く労働者に販売しました。また特に次世代を担う子供たちの教育に力を入れ,親が工場で働いているあいだ,幼い子供たちの面倒を見るため幼稚園まで作ります。世界最初の幼稚園です。彼の試みは評判となり見学者も続々と訪れるようになりました。

 しかし,こんなことをすれば経費が増えて経営を圧迫します。オーウェンの試みは,周囲から危ぶまれましたが,実際には労働生産性が上がって経営的にも成功しました。オーウェンは,労働者の福利厚生に熱心だっただけでなく,労務管理にも工夫を凝らしていたのです。当時の労働者は一所懸命働きません。首にならない程度に,できるだけさぼるのが当たり前でしたが,彼は一人ひとりの労働者の働きぶりを毎日きちんと評価して本人にも全体にも示すことで,勤務態度を改善させていきました。もちろん,労働者がオーウェンの待遇改善に応えて,はりきって働いたということもあったでしょう。

 このようなOwenやフランスのSaint-Simon(サン=シモン)やFourier(フーリエ)ら,初期の社会主義思想者たちを,階級闘争をともなわないもので空想的(utopian)と批判したのが,Marx (マルクス)とEngels(エンゲルス)だった。かの『共産党宣言』で,次のように述べている*12

 だが,階級闘争の未発達な形態と,かれら自身の生活状態とのために,かれらは,自分はあのような階級対立のはるか上に超然たる存在であると信じこむようになる。かれらはいっさいの社会成員の生活状態を,どんなによい境遇にある社会成員の生活状態をも,改善しようとする。だからかれらは,たえず,無差別に全社会に,いや特に支配階級に訴える。かれらの体系を理解しさえすれば,かれらの体系がありうる最善の社会の,ありうる最善の計画であるのはわかってもらえるのだ。

 だからかれらは,すべての政治的な,特にすべての革命的な行動を拒否する。かれは,かれらの目標に平和的な方法で達しようとし,もちろん失敗に終わるが小さな実験によって,実例の力によって,あたらしい社会的福音に道をひらこうとする。

 未来社会のこの空想的叙述は,一定の時代,つまり,プロレタリア階級がまだきわめて未発達で,したがってプロレタリア階級自身が自分自身の地位をまだ空想的にとらえている時代にあらわれるものであり,社会の一般的改造を求めるプロレタリア階級の最初の予感にみちた衝動に相応するものである。

 ……階級闘争が発展し,形成されるにつれて,それだけ階級闘争に対するこの空想的超克,階級闘争のこの空想的克服は,いっさいの実際的価値を,いっさいの理論的正当性を失う。だから,これらの体系の始祖たちが,たとえ多くの点で革命的であったとしても,その門弟たちはいつも反動的宗派を形成する。かれらは,プロレタリア階級のその後の歴史的発展に面しても,師の古い見解に固執する。したがって,かれらは依然として,かれらの社会的ユートピアの実験的実現……を夢み,そしてこれらすべての空中楼閣を建設するために,かれらはブルジョアの心と財布との博愛に訴えざるをえない。だんだんかれらは,うえに述べた反動的また保守的社会主義者の範疇におちいる。そしてそれとちがうところは,わずかにより体系的な衒学,自分たちの社会的学問の奇跡的作用への狂熱的な迷信だけである。

 だからかれらは,労働者のあらゆる政治運動に,怒りをもって反対する。このような運動は,あたらしい福音に対する盲目の不信からのみ生じえたものであるから。

 イギリスのオーウェン主義者,フランスのフーリエ主義者,前者はチャーチストに対して,後者は「改革」派に対して反対行動をとる。

 共産党宣言は,Owen たちの改革を,「ブルジョアの心と財布の博愛(die Philanthropie der bürgerlichen Herzen und Geldsäcke)」に訴えるものとして揶揄し,そして(唯物史観を理解しない)衒学的な議論をしていて,実際的価値も理論的正当性もないと批判したのだ。しかし,いまになって考えると,どちらが理想で,どちらが空想といえるだろうか*13

 

太陽の沈まない国の闇

 資本主義の発展の基礎となった資本を,イギリスは,多くの植民地で,奴隷や現地人の労働力を使って蓄積した。イギリスが「太陽の沈まない国」と呼ばれたのは,その文化的優越性を示したものではない。イギリスは,軍事力で,アジア,アフリカ,アメリカを次々と征服して,グローバリゼーションを達成した。英語のような使いづらい言葉が,世界の共通言語になるという,おぞましい副作用もともなった。

 再び『共産党宣言』から引用しよう(44頁)。

 ブルジョア階級は,世界市場の搾取を通して,あらゆる国々の生産と消費とを世界主義的なものに作り上げた。反動家にとってはなはだお気の毒であるが,かれらは,産業の足もとから民族的な土台を切りくずした。遠い昔からの民族的な産業は破壊されてしまい,またなおも毎日破壊されている。これを押しのけるものは新しい産業であり,それを採用するかどうかはすべての文明国民の死活問題となる。しかもそれは国内の原料ではなく,もっとも遠く離れた地帯から出る原料にも加工する産業であり,そしてまたその産業の製品は,国内自身において消費されるばかりでなく,同時にあらゆる大陸においても消費されるのである。国内の生産物で満足していた昔の欲望の代りに,新しい欲望があらわれる。このあたらしい欲望を満足させるためには,もっとも遠く離れた国や気候の生産物が必要となる。昔は地方的,民族的に自足し,まとまっていたのに対して,それに代わってあらゆる方面との交易,民族相互のあらゆる面における依存関係が現れる。物質的生産におけると同じことが精神的な生産にも起る。個々の国々の精神的な生産物は共有財産となる。民族的一面性や偏狭はますます不可能となり,多数の民族的および地方的文学から,一つの世界文学が形成される。

 ブルジョア階級は,すべての生産用具の急速な改良によって,無制限に容易になった交通によって,すべての民族を,どんなに未開な民族をも,文明のなかへ引きいれる。かれらの商品の安い価格は重砲隊であり,これを打ち出せば万里の長城も破壊され,未開人のどんなに頑固な異国人嫌いも降伏を余儀なくされる。かれらはすべての民族をして,もし滅亡したくないならば,ブルジョア階級の生産様式を採用せざるをえなくする。かれらはすべての民族に,いわゆる文明を自国に輸入することを,すなわちブルジョア階級になることを強制する。一言でいえば,ブルジョア階級は,かれら自身の姿に型どって世界を創造するのである。

 ここに描かれている一種のグローバル化は,決して,西洋文明の優位によってもたらされたのではなく,富への強い欲望とそれを満足させるための強い力(軍事力)によって実現した。資本主義とは,そうした世界支配を正当化する一種の「思想」であり,ブルジョア階級のイデオロギーだ。それにうまく乗っかって,世界制覇をはたしたのがイギリスだった。Marxは,そんなブルジョア階級が支配する社会を打破すべきとしたのである。

 一方,資本主義の枠内で,みんな豊かになろうとしたのがOwenたちだった。階級対立や,それを止揚する(aufheben)ための弁証法(Dialektik)などの理論はなくても,労働者の状況を改善する道はあった。今日の主流の考え方も,保守,リベラル,社会民主主義の違いはあれ,まさに資本主義の枠内での豊かさや幸福の実現である。資本主義社会における労働法の存在意義もそこにある。

 もちろん,労使の対立を否定することこそが正しいと言いたいわけではない。大事なことは,いたずらに対立を強調するのではなく,対立しているようにみえるものでもできるだけ包摂的にとらえたほうが平和的でよいと言いたいわけだ。拙著の『雇用はなぜ壊れたのか』にも,二項対立の解消こそ大切だというメッセージが込められている。こうした包摂的アプローチは,アジア的な発想のようだ*14。こういう発想がなかったからこそ欧州人は,欧州以外の文明と向き合ったとき,愚かにも,未開人と文明人という対立軸で,未開人(ほんとうは未開ではなかったのだが)を暴力的にaufheben*15してしまったのだ。Marxが,ブルジョア階級が支配する社会秩序の暴力的な転覆革命(gewaltsamen Umsturz aller bisherigen Gesellschaftsordnung)を高らかに宣言したのも,欧州的な発想から抜け切れていなかったのかもしれない。

 拡散する資本主義のなかで,労使を対立的にとらえず,労働者も使用者もできるだけ豊かになろうとする包摂的アプローチは,空想でも夢想でもない。これこそを理想とみて,その実現に向けて努力することこそ重要なのだ。ただ,そのためには,使用者への人道主義・博愛主義に訴えるだけでは不十分だ。そこには「情けは人のためならず」という,まさに労使の対立を止揚する論理もまた必要なのだ。

 

対立から共生へ

 『共産党宣言』がブルジョア階級の拡散を描いた上記引用部分は,第4次産業革命により起こってくる新しい産業にも,少し表現を変えれば,かなりの程度あてはまりそうだ。

 「どんなに頑固な人工知能嫌いも降伏を余儀なくされる」。「もし滅亡したくないならば,人工知能を利用した生産様式を採用せざるをえなくする」。「すべての民族は,人工知能技術を自国に輸入することを強制される」。

 人工知能社会(AI社会)の到来は避けられない。この不可逆的な流れに人類は抵抗することはできない。資本主義が世界中に浸透したように,AIは圧倒的な力をもって世界を席巻して,新しい社会秩序を作るだろう。しかし,ここでも,私の態度は変わらない。新しい社会秩序を暴力的に転覆させることなんてできないし,すべきでもない。必要なのは,AI社会のなかで,みんなが豊かになり(それは物質的な意味だけではない),幸福になろうとするためにどうすればよいかを必死に考えていくことだ。

 だから人工知能vs人類というとらえ方はすべきではないのだ。二項対立は西洋哲学の基本にある枠組みで,物事の本質に迫るときに有効なものだが,政策や実践の場で,これを貫徹するのは,労使の階級的対立と同様,望ましいことではない。人工知能と人類との関係も,アジア的な包摂的アプローチで臨むべきだ。

 Obama前大統領と安倍晋三首相が,昨年末,真珠湾でともに強調したのが「power of reconciliation(和解の力)」だった。「和解」と訳すとややニュアンスが違うような気もするが,「reconciliation」は良い言葉だ。対立する二つ(あるいはそれ以上)のヒトやモノを相互に折り合うようにまとめる(要するに,うまくやる)というようなニュアンスだ。「power of reconciliation」には,日本とアメリカは違った文化をもつ異質の国であっても,「reconcile」できるという力強いメッセージが込められている。「reconciliation」は,アジア的な包摂的アプローチと親和性が高い。アメリカ人とはいえ,黒人の血が混じるObamaだから,そして理想を大事にする彼だから,こうした言葉を選択できたのかもしれない。

 

203×年

 A「それで,ロボットたちは,君たちの要求を受け入れてくれそうなのか」
 B「もちろんだ。ロボットたちは,人間の労働法の歴史を論理的に理解できたようだよ」
 A「働く者の気持ちがわかったということか」
 B「そうじゃない。労働法の歴史というのは,働く者の気持ちといった情緒的なものだけで発展してきたわけではなかったのだ」
 A「どういうことだ?」 
 B「アメリカのフォード社を知っているか」
 A「そりゃ,知っているさ。自動車会社だろ」
 B「フォーディズムって聞いたことがあるか。フォード式生産方式だ」
 A「ああ,名前だけは聞いたことがある」
 B「『獄中ノート』で有名なグラムシ*16というイタリア人が命名したそうだ*17

 A「グラムシは,たしか1970年代には『ユーロコミュニズムの騎手』って言われたこともあるイタリア共産党(PCI)の創設者の一人だよな」
 B「フォーディズムというと,ベルトコンベアを用いた大量生産モデルで,労働者を機械のようにこきつかう生産方式なんだけれど,創設者のヘンリー・フォード社長*18は,結構,労働者の待遇改善にも尽力したと言われている。1日8時間労働とかね」

 A「労働者からの要求がきつかったからじゃないか。日本で最初の1日8時間労働を実施した川崎造船は,労働争議の際に,松方幸次郎社長がかねてから腹案であった1日8時間制を提案して,一挙に収束にもっていったという話があるな*19
 B「松方社長も,別に労働組合の要求に妥協したとか,温情によるとか,そういうことではなかったんじゃないか。ヘンリー・フォードもそうだけど,1日8時間のほうが,経営陣からみた働かせ方としても効率的で,収益が上がるという冷徹な計算があったはずだ」
 A「ロボットは,そのことが理解できたということだね。情けは人のためならずだな」
 B「それは,わりとわかりやすい論理だからね」
 A「いや,それほどわかりやすい論理でもないぞ。日本だって2016年に過労問題が世間で大きく騒がれて,2017年に労働時間に関する法律ががらっと変わるまでは,『過労死』なんて言葉があったくらいだからな」
 B「現代史で習ったな。あのころの日本人って,なんであんなに働いていたのかね」
 A「ロボットや人工知能の技術はそこそこ発達していたはずだけど,あんまり使われていなかったみたいだからね」
 B「いまの俺のようにロボットに雇われるまでになると,ちょっと気持ちは複雑だけどな」
 A「でも労働法をきちんと論理的に適用してくれる雇い主なら,いいんじゃないか」
 B「まあな。それで,君はどうやって生活しているの」
 A「俺は,誰にも雇われずに働いているぜ。君のように人であれロボットであれ,誰かに雇われている人なんて,いまや少数派だろう」 
 B「俺も好んでロボットに雇われているわけじゃないよ。若いときに,お前のように,きちんと手に職をつけていたらなと後悔しているさ。まさか大卒の価値がこれほど下がるとは夢にも思っていなかったからな」
 A「大学に行かないといったときに,お袋にはずいぶんと泣かれたけどな」
 B「でも,ほんとうのことを言うと,俺はロボットに雇われるとか,自分は人間だとか,そんなことはあまり気にしていないんだ。大学に行って唯一良かったことは,新しいものが好きなゼミの先生がいて,ロボットや人工知能の話を盛んにしてくれたことだ。おかげでロボットと一緒にいても違和感はないんだ」
 A「いくらロボットや人工知能に違和感がないといっても,人間とは違うだろ。ところで,マリアは元気か?」
 Bは「とても元気で,うまくやってるよ」と,意味ありげにウインクして,幸せそうな表情を浮かべた。

(完) 

*1:表現は違うが同旨のことは,今回の『AI時代の働き方と法』の第3章でも言及している(53~54頁など)。

*2:ちなみに,オランダ語Liefde の意味は「愛」(アモーレ)である。

*3:http://www.h2.dion.ne.jp/~jiemon/j-i.pdf 「貌利太尼亜」はブリタニア,「コンシユル」は,consul,すなわち領事のことである。

*4:改正の実現は1894年である。日本人は,1902年に日英同盟を結び,その後の1904年の日露戦争の勝利にもつながったことから,イギリスに対して割と親近感をもっている(ちなみに,ポストの赤色はイギリスの影響。道路が左側通行であるのは偶然だが同じ)。しかし,日英同盟は双方の国益に照らした冷徹な計算に基づく軍事同盟であったことを忘れてはならない。

*5:1842年(南京条約)。中国への返還はなんと1997年だ。同じような飛び地でいえば,イベリア(Iberia)半島の南端にあるジブラルタル(Gibraltar)は,1713年のユトレヒト(Utrecht)条約以降,今日にいたるまでイギリス領だ。

*6:大東亜共栄圏のイデオローグとして知られる大川周明の『米英東亜侵略史』(第一書房,1942年)については,佐藤優『日米開戦の真実』 (小学館文庫,2011年)を参照。

*7:浅野典夫『なぜ?がわかる世界史-近現代』(学研教育出版,2012年)133頁。

*8:参考文献として,秋田茂『イギリス帝国の歴史-アジアから考える』(中公新書,2012年)。

*9:医療保険制度改革 (アメリカ) - Wikipedia

*10:もっとも,理想を語らざるを得ないような,あまりにもミゼラブルな状況があったことも事実だ。たとえば,当時のマンチェスター(Manchester)の労働者の平均寿命は17歳であったという衝撃的な事実もある(堺憲一『あなたが歴史と出会うとき-経済の視点から〈新版〉』(名古屋大学出版会,2009年)133頁)。

*11:浅野典夫『なぜ?がわかる世界史-近現代』(学研教育出版,2012年)142頁。

*12:マルクス=エンゲルス(大内兵衛=向坂逸郎訳)『共産党宣言』(岩波文庫,1971年)82頁。

*13:この点に関する理想と空想については,日本労働法学会編の新しい講座(日本評論社)の「雇用社会の変化と労働法学の課題」という論文でも言及した(刊行時期は不明)ので,それも参照してもらいたい。

*14:羽入佐和子『思考のレシピ-自分が自分であるために哲学からのヒント』(ディスカヴァー・トゥエンティワン,2014年)のレシピ4を参照。

*15:このドイツ語には,Hegelらの弁証法との関係では「止揚する」という訳語があてられるが,「廃止する」,「廃棄する」といった意味もある。

*16:アントニオ・グラムシ - Wikipedia

*17:Antonio Gramsci 『Quaderno 22. Americanismo e fordismo』

*18:ヘンリー・フォード - Wikipedia

*19:1919年(大正8年)10月1日 兵庫工場でわが国初の8時間労働制実施 | 沿革 | 川崎重工 車両カンパニー 神戸市に記念碑がある。これについては,小嶌典明「なぜ労基法では1 日8 時間・時間外割増率25%となったのか」日本労働研究雑誌585号(2009年)2頁 を参照。

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